コウジの体験記

コウジが「体験したこと」「感じたこと」を綴っています。

『スポーツ選手が家庭菜園をする日まで。』

こんにちは。コウジです。

 

「サッカー馬鹿になるな。」


ぼくは小さい頃からサッカーをやっていたのですが、どんな時もサッカー馬鹿になるなって言われてた気がします。

 


今までは疑いもなく


「サッカー馬鹿にはなるな=文武両道をしっかりする」


って思ってたんですけど、最近になってなんか違うよなって思い始めました。友人と話してみて自分の考えがまとまったのでちょっと長くなるかもだけど書いてみようと思います。


サッカー馬鹿というのはサッカーだけにのめり込んで他のことをおろそかにするなという意味で使われていた気がします。それが勉強と結びつくと文武両道という言葉になり、武士道的なものに結びつくと礼節の大事さなどになると思うのですが。


でもそんなことの前にぼくは考えなきゃいけないことがあると思うんです(T . T)
まず僕たち人間はホモ・サピエンスという動物です。ということはより良い子孫や世界を残していくということが最重要課題な訳です。そのために3大欲求と呼ばれる食欲、性欲、睡眠欲という3つがあるのかな〜。


ということはまずヒトとして考えていくべきはどうやって生き残っていくのか?あるいはどうやってより良い子孫を残していくか?ということになるはずです。


そう僕たちはヒトという動物なのです!

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さぁここでサッカーというものが生きるために必ず必要か?と考えればNO!となるでしょう。サッカーをしていても食べ物が得られる訳ではないので。(死んじゃいます。笑)じゃあサッカーなんかなければいいのか?と考えると違うと思います。サッカーというものはよりよく生きるためにヒトが思いついた遊びだと思います。スポーツから感じられる感動は本当に心動かされるもんなー。


だって毎日毎日生きるためだけに暮らすなんてぼくは嫌です。たまには違うこともして遊びたいじゃないっすか( ;´Д`)


しかしサッカーは遊びであって必ずしも生きるために必要なものではないのです。
そうやって考えると、ヒトとして生きるということや子孫を残すということを身につけろ!という意味での『サッカー馬鹿になるな』という言葉は素晴らしい言葉だと思います。


例えばスポーツ選手は身体が資本です。身体が壊れた瞬間にその選手は引退です。さぁその身体を作るのは日々の食事や睡眠、そして精神状態などが挙げられるでしょう。ということはパフォーマンスを上げていくには少なくても身体のパフォーマンスを高めていくための知識や経験が必要になってくると思います。

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しかしそれを昔の人たちで考えれば当たり前のことだったはずなのです。だって身体が壊れたら飯が食えないんだから。スポーツできないとかのレベルではなく普通に死んじゃいます。笑


しかしちょっと知識を持った人は何を食べたらいいとか何時に寝たらいいとかどんなメンタルトレーニングをしたらいいとか、そんなところで止まってしまいます。


いやいやそんなことじゃなくてまず自分で狩猟したり野菜作ってみなよ!って言いたくなっちゃいます。


ぼくはWWOOFをしてみていかに自分が生きるということから離れて生活していたのかを実感しました。だって作物作るのめっちゃ大変なんだもん。稲刈りとかズッキーニの収穫とかもう腰折れそうだもん( ;´Д`)
あるいは鹿を捌いた時は命を頂いて生きているんだから食べさせてくれた鹿の分まで精一杯生きようと思ったり。

 

 

でも僕たちヒトっていうのは苦しかったり辛かったりするけど生きるためにそういう生き方を何千年あるいは進化を辿れば何万年と続けてきたわけです。

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スーパーに行けばなんでも売っているなんてここ数百年だけなんだと思います。だとすればヒトという動物としての生き方の根っこを身につけるということが教育なんだと思います


でもぼくだって東京で生きていたらそんなことはこれっぽっちも考えていなかったし現代では当たり前なのかもしれません。

 

ただそれを当たり前で終わらせていいのか?と考えたらぼくはNO!!と声を大きくして言いたいと思います。

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だって農家や漁師や猟師の人あるいは大工や服を作る人がいて衣食住という環境を保証されているからこそサッカーという遊びをすることができるんです。

 

だからぼくは家庭菜園をするサッカー選手が生まれたら面白いなぁなんて思っています。あるいは養鶏したりもいいかもしれません。(卵は貴重なタンパク源ですからね。)本当にすこしでいいから生きるということと密接した中で生きて欲しいと思います。だって切っても切り離せないものだから。

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さらに現代は食の問題やそれ以外でもいろんな問題を抱えています。でもなんだこの社会は!って中指立てていてもしょうがないです。それだったら新しい形を模索しながらでも想像していく必要があると思います。


スポーツ選手なら練習はせいぜい2〜3時間で他はフリーの時間になるし、それなら畑でも出て自分の鍛えたい筋肉を意識しながら耕すのも面白いんじゃないかな。あるいはオフの日なんかに山に入って動物追いかけて狩猟をすればいい感じの有酸素運度にもなるでしょ。笑

 

ずっとスポーツのこと考えていたら息がつまるし自然と共に過ごしたらいい感じのリラックス効果も生まれそうだなぁ。(全く根拠はないけど自然と共に生きると身体の調子はいい感じがする。)

 

さぁまとめるとぼくが言いたかったのは人として生きる能力を身につけてからスポーツしようよ!って話でした。


そんな教育ができるような場づくりをこれからできたらいいなぁなんて考えています。まぁ言ってみりゃ昔の人たちの生き方も見直してみて現代の生き方を再構築していこうぜ!ということです。

 

『サッカー馬鹿になるな=生きる力も身につけよう!』

 

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そんな意味合いでぼくはこれからこの言葉と付き合っていこうかと思っています。
長くなったので今日はここらへんで。
そんじゃまた!